私と早苗さんの出会いは長居でチーム「わーわーず」を中心とした月2回の練習会です。
康幸さんはパラリンピック代表になられる位の、私にとって雲の上の存在。
でもいつお会いしてもシリアスランナーの感じはなく、穏やかに早苗さんに寄り添っておられました。
早苗さんとは駅伝、そしてサブ伴走とともに初めて出場させていただいた大阪シティハーフマラソン。
スタート時の転倒予防、エイドの取り方、それに走行時の他の選手の抜き方など、伴走のノウハウを優しく教えていただき、二人で走れる喜びを知ることが出来ました。
そして一番思い出されるのは、2000年の富山での国体の権利を取得されて以降、早苗さんの練習の取り組み方です。
その頃私も大阪女子の権利復活をかけ、日々練習に精進していましたが、私自身スピードプレイが苦手で、苦しいのが嫌いな天の邪鬼なランナーでした。
それが早苗さんはいつもセンターの先生とインターバルのメニューを立ててもらい、逃げることなく着実に全てのメニューをこなそうと努力されていました。
暑い8月、長居のトラックで100メートルのインターバル数本、体がだるく練習をこなせなかった時は、違う日に必ず康幸さんと走られ、その結果を教えてくれました。
また、
一回一回の練習が完全燃焼出来るように。
質の良い練習が出来ますように。
といった言葉が二人の合い言葉でした。
暑い8月さえ無事にこなせたら、秋に繋げれると早苗さんに言いつつ、自分にも言っていたかも知れません。
むせかえる蝉の応援もやみ、私達は故障もせず秋を迎えることが出来ました。
練習は裏切らないものです。
早苗さんのタイムトライアルも順調に仕上がり、試合の日を迎えました。
あいにくの冷たい雨。
最近視力の低下が著しいと嘆かれていましたが、白線の光具合やスリップしないかなど、私の心配をものともせず、はじけた声で結果を教えてくれていました。
目を閉じると早苗さんの笑顔が浮かんできます。
本当に嬉しかったし
目標を高く持ってトレーニングを続けること。
夢をあきらめずに追い続けることの大切さ。
を、早苗さんに教えていただきました。
私も意欲的にレースに参加してラストチャンスの長居30キロロードを迎えました。
いつもの練習会の後レースが始まります。
雨の中でもチーム「わーわーず」の皆さんの応援を受け、苦しかった25キロ以降もあの8月のトラックに比べるとなんのその。
早苗さんと誓った「完全燃焼といった言葉」を思い出し、タイムを取ることが出来ました。
自分でも不思議なくらい達成感を感じることが出来ました。
それはもしタイムが取れなくても、今までほどタイムの呪縛が自分自身になくなったように思えるからです。
目標を持って積み重ねることの大切さを、早苗さんから学んだからだと思います。
どんな困難に見舞われても、いつも前向きに努力されていたご夫婦。
いつも周りの方々に気配りと暖かいほほえみを絶やさずにおられました。
お二人の笑顔はチーム「わーわーず」の財産です。
本当に突然に理不尽なお別れになってしまいましたが、今私に出来ることは、チーム「わーわーず」の参加 と、ランナーとして、そしてドライバーとして交通事故に対する注意を今一度見直すこと
だと思います。
また駅伝の季節が巡ってきました。
ひとつのタスキにご夫婦の心を鈴の音に乗せて、私はこれからもチーム「わーわーず」のメンバーとともに走り続けます。
平成13年6月15日
尾幡 正子
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