「第18回視覚障害者京都マラソン大会に想う」
(マラソン仲間) 竹中良一

 今なぜかまだ手元に表題の総合記録表が、有ります。
日時:2001年3月4日(日)
会場:西京極総合運動公園陸上競技場および周縁道路
登録選手数:125組(男子89組、女子36組)
出場選手数:116組(男子83組、女子33組、欠場9組)
 この大会の一組に三島ご夫妻が、登録されています。
女子弱視10キロの部です。
ゼッケン52 三島早苗 所属JBMA 伴走者三島康幸 タイム:47分48秒
昨年までこのカテゴリーの記録保持者です。
伴走者の康幸さんも3キロ弱視の部(第8回大会 10分37秒)でいまだに
大会記録が、残っています。
 当日の朝は、雨が、降っていました。そのせいか気温は、低かったように思います。
アップのときは、雨もやんでいましたが、寒いのか、なかなか、からだが、暖まりません
だからコール直前まで皆さんスタート地点に行きません。
スタートでマークする人、三島ご夫妻ゼッケン52を、伴走者に確認してもらって
走り始めました。すると早速250mで追い抜かれあわてて後ろに着いていく、
後ろに着いた事を、さなえちゃん(まだ声で判断出来ずに誰と聞くと大学ノートの
裏表紙と言っていました。これ分かる人少ないやろなぁー)に知らせました。
これが、良かったのか悪かったのか3周まで着いて行けたが、ここで併走して
ちょっと前に出たのが相手の闘争心に火を、付けてしまった。伴走者康幸さんの
勝負感が、よく、あっさりとスパートかけられ、みる見る間に20m以上ほど離される
こちらも着こうとするが練習不足で思うようにペース上がらず。しかた無く
ラスト500mにかける途中の下り坂を、利用してペースアップ。すると、いつものごとく
ふらはぎがピクピク、しかたなくトラック勝負のみ
残り300m、必死に追いかけるが、相手もラストスパート
結局差は、つめられず、そのままの差でゴール
タイムは、48分ジャスト、最近まれにみる好タイムでした。
ゴール後、負けてしもたと言うと、さなえちゃんは、後ろから追いかけて来るから
今回ゆっくり行こうと思っていたが、練習不足やのにめいっぱい走ってしまったと
言ってくれました。
あぁー。しんどかった。
今回まぁ後ろで走らせていただき、仲の良さが、うかがわれました。
お会いするときは、必ずペアで行動されていましたね。
伴走者としての指示の出し方などは、後ろにいても
大変的確で私の伴走者の指示が、無くても着いて行くだけで良かったです。
ペースも10キロレースだと7キロ地点が、だれてペースダウンしますが、今回も
そこを、上手く付かれた。
でも、もう対戦できないのやなぁー。
人生のゴールまで二人でしたとは
今でも二人で走っているのでしょうね。
                                竹中良一



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